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高松高等裁判所 昭和48年(ネ)19号 判決 1973年10月16日

控訴人

竹内ユキ子

右訴訟代理人

阿河準一

被控訴人

玉田清美

玉田格王

右両名訴訟代理人

篠原三郎

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人両名は連帯して控訴人に対し、金一二〇万円およびこれに対する昭和四六年一二月一七日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審共被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上法律上の主張、提出援用した証拠、認否は、つぎに付加する外は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決三枚目表四行目の「日の翌日」とあるつぎに、「である昭和四六年一二月一七日」と挿入する)。

(控訴人の主張)

仮りに、控訴人の本件転付を受けた貸金債権および連帯保証債権が被控訴人らと訴外上田満知子との通謀による虚偽の意思表示によつて締結された消費貸借契約等に基づくものであつたとしても、控訴人は、昭和四五年四月一六日右上田に金一八一万三〇〇〇円を貸与するに際し、同人からその担保として同人の被控訴人らに対する本件貸金債権およびその連帯保証債権に質権の設定を受け、ついで同月二〇日、右貸金等を証する借用証書二通(甲第二、三号証の各一)を受けとつたから、控訴人は、右本件貸金等につき質権を取得したものであつて、以後善意の第三者となつたものである。よつて、被控訴人らは、本件転付にかかる右貸金債権等につき通謀虚偽表示による無効を主張することはできない。

(被控訴人らの主張)

右控訴人の主張は争う。

仮りに、訴外上田満知子が控訴人主張の如く、本件各消費貸借契約に基づく貸金債権、およびその連帯保証債権等につき控訴人のため質権を設定したとしても、被控訴人らは、右上田から右債権質権設定の通知を受けたこともなければ、被控訴人らが右債権質権設定の承諾をしたこともないから、右債権質権の設定は被控訴人らに対抗し得ないものである。(証拠)<略>

理由

一訴外上田満知子と被控訴人らとの間において、右上田が被控訴人清美に対し、昭和四四年七月九日付をもつて金一〇〇万円を、また同年八月二〇日付をもつて金二〇万円を、いずれも利息および弁済期を定めないで貸与し、同被控訴人はこれを借受けた旨の意思表示(以下本件消費貸借契約という)、並びに、被控訴人格王が被控訴人清美の右各消費貸借契約上の債務につき、その連帯保証をする旨の意思表示をしたこと、控訴人が、控訴人の前記上田に対する控訴人主張の債務名義(勝訴判決)に基づき、松山地方裁判所宇和島支部に、右上田の被控訴人らに対する本件各消費貸借契約に基づく貸金債権および連帯保証債権を目的として債権差押および転付命令の申請をした結果(右同裁判所昭和四六年(ル)第三三号、(ヲ)第四七号)、右債権差押および転付命令が発せられ、該命令は昭和四六年一一月一三日被控訴人らに送達されたこと、以上の事実についてはいずれも当事者間に争いがない。

二控訴人は、前記上田は本件各消費貸借契約締結の意思表示をするに際し、被控訴人清美に対し、金一〇〇万円および金二〇万円を現実に交付したから、右各消費貸借契約および連帯保証契約は有効に成立したと主張するが、右控訴人の主張事実に副う<証拠>は、後記各証拠に照らしてたやすく信用できず、他に右控訴人の主張事実を認め得る証拠はない。

却つて、<証拠>を綜合すると、つぎの如き事実を認めることができる。すなわち、被控訴人清美は、昭和三三年頃から宇和島市内で美容院を経営していたところ、昭和四三年一二月から翌四四年六月頃にかけて、鉄骨コンクリート造陸屋根四階建店舗兼居宅総面積306.78平方メートルを、請負代金一八〇〇万円で建築し、右請負代金を昭和四三年一二月二〇日から翌四四年七月二日頃までの間に六回に分割して支払つた外、その後右新築に伴う什器備品その他に約一八六万円余りを投じたこと、そして右建築請負代金のうち、金一七〇〇万円は訴外東邦相互銀行や国民金融公庫からの借入金でまかなつたが、その余の請負代金一〇〇万円および什器備品代等は手持の自己資金でこれをまかなつたこと、ところで、被控訴人清美は、当時前記東邦相互銀行の外勤係をしていた訴外上田満知子を通じて同銀行に預貯金をしていたことなどから右上田と親しくしていたところ、その頃右上田から、前記店舗兼居宅の新築等に多額の自己資金を使用したことが税務署にわかると、相当の税金をとられる虞れがあるから、その税金対策上右新築等に使用した自己資金の相当額を他から借り入れたことにしておくよう勧められたこと、そこで被控訴人清美は、昭和四三年一二月二〇日に支払つた前記建築請負代金の分割支払金のうち金一〇〇万円を自己資金で支払つたところから、右金一〇〇万円を他からの借入金で支払つた様に装うため、実弟の被控訴人格王や従兄弟の訴外梶田茂、叔父の訴外入江徳左衛門らと話し合いの上、真実は右梶田、入江の両名から金銭を借り受けたことがないのに、昭和四三年一二月二〇日付で右両名から各金五〇万円を、利息は銀行利息と同率として期限の定めなく借り受けた旨の虚偽の意思表示をなし、なお、被控訴人格王が右被控訴人清美の右消費貸借上の債務の連帯保証をしたことにして、その旨記載した内容虚偽の借用証書(乙第六号証の一の一および同号証の二の一)を作成し、これにその頃用意した印鑑証明書(乙第六号証の一の二、三、同号証の二の二、三)をつけて、右梶田、入江らにこれを交付しておいたこと、つぎに、被控訴人清美は、昭和四四年七月以降に、前記店舗兼住宅の新築に伴う什器、備品代その他に合計約一八六万円余りを自己資金で支払つたところ、これについても前同様税金対策上、その一部を他からの借受金で支払つたように装うため、前記上田や被控訴人格王と話し合いの上、真実は右上田から金銭を借り受けたことがないのに、昭和四四年七月一日付をもつて同人から金一〇〇万円を借り受け、被控訴人格王がその連帯保証をしたことにして、その旨記載した内容虚偽の借用証書を作成してこれを右上田に交付したこと、ところがその後右上田から税金対策の上からは右金一〇〇万円の借受金では少ないから、金一二〇万円を借り受けたことにしておくよう勧められた結果、さきに右上田に交付した金一〇〇万円の借用証書はこれを破棄することにし、改めて被控訴人両名および右上田らが話し合いの上、真実は被控訴人清美が右上田から金銭を借り受けたことがないのに、右同人から同年七月九日付で金一〇〇万円を、同年八月二〇日付で金二〇万円を、それぞれ利息および期限の定めなく借り受けた旨(本件各消費貸借契約締結)の虚偽の意思表示をなし、被控訴人格王が被控訴人清美の右各消費貸借上の債務の連帯保証をしたこととし、その旨記載した内容虚偽の借用証書二通(甲第二、三号証の各一)を作成し、これにあらかじめ用意した印鑑証明書(甲第二、三号証の各二、三)をつけて右上田に交付したこと、以上の如き事実が認められる。

してみれば、前記上田満知子が被控訴人清美に対し、昭和四四年七月九日に金一〇〇万円を、同年八月二〇日に金二〇万円を各貸与した旨の本件各消費貸借契約は、現実に金銭の授受がなされておらず、当事者間の通謀による虚偽の意思表示によつてなされたものというべきであるから、右当事者間では、右各消費貸借契約および連帯保証契約は不成立ないしは当然無効というべきである。

三ところで、消費貸借契約の如き要物契約について、金銭又は物の授受がないため当事者間では契約が有効に成立していない場合に、民法九四条の適用があるか否かについては議論の存するところであるが、法律行為が単純な意思表示のみによつて成立する場合であると、意思表示の外金銭や物の授受がなされることによつて成立する場合であるとを問わず、相手方と相通じて仮装の行為がなされた場合に、それを信頼した善意の第三者を保護する必要性のあることについては全く差異がないから、右要物契約についても民法九四条の適用があるものと解するのが相当である(大審院昭和六年六月九日判決・民集一〇巻八号四七〇頁、同昭和八年九月一八日決定民集一二巻二三号二四三七頁各参照)。したがつて、真実は金銭を借り受ける意思がなく、かつ、現実に金銭の授受がないのに、当事者間の通謀により、金銭を授受してこれを借り受けた旨の消費貸借契約締結の虚偽表示をした者は、その後右消費貸借契約に基づく貸金債権を譲り受けた善意の第三者に対しては、右契約の不成立ないし無効をもつて対抗することはできないものと解すべきである。これを本件についてみるに、控訴人は、前記のとおり、控訴人の訴外上田満知子に対する債務名義に基づいて、右上田の被控訴人らに対する本件各消費貸借契約に基づく貸金債権およびその連帯保証債権に対し強制執行をした結果、右各債権の転付を受けたものであるから、控訴人が善意である限り、被控訴人らは、本件各消費貸借契約および連帯保証契約が金銭の授受のない虚偽表示であることを理由に、右各契約の不成立ないし無効をもつて控訴人に対抗することはできないものというべきである。

そこでつぎに、控訴人が右各債権の転付を受けるに際し、その主張の如く善意であつたか否かについて判断するに、控訴人が当時本件各消費貸借契約が現実に金銭の授受なくしてなされた仮装のものであることを知らなかつたとの事実を認め得る適確な証拠はない。却つて<証拠>を綜合すると、つぎの如き事実を認めることができる。すなわち、控訴人は、訴外上田満知子に対し、昭和四一年頃以降金銭を貸与するようになり、昭和四五年四月頃には右貸金の合計額が相当多額になつたところ、右上田が横領事件を起こして昭和四五年四月中旬頃行方不明になつたところから、右貸金債権の回収に苦慮していたこと、ところで、控訴人は、右上田が行方不明になつた直後の頃、同人の実姉木下千鶴子から、本件各消費貸借契約を記載した甲第二、三号証の各一、二の借用証書の交付を受けてこれを所持するに至つたこと、その後控訴人は、昭和四五年九月末ないし同年一〇月初め頃、被控訴人清美方に赴き、同被控訴人に対し、右借用証書に記載の本件消費貸借契約に基づく貸金を弁済して欲しい旨の申出をしたところ、同被控訴人は、「右借用証書二通は、税金対策上、前記上田との話し合いで、便宜作成した内容虚偽の証書であつて、真実同人から右借用証書記載の金銭を借り受けていないから、右各貸金を支払うことはできない」と述べて、控訴人の右支払要求を拒否したこと、そこで控訴人は、その後前記の如く、右上田に対する債務名義に基づき、本件各消費貸借契約上の貸金債権につき、債権差押および転付命令の申請をして右各債権の転付を受けたこと、以上の如き事実が認められる。してみれば、控訴人は本件各債権の転付を受けるに際し悪意であつたといわなければならない。

もつとも、控訴人は前記上田に対し、昭和四五年四月一六日金一八一万三〇〇〇円を貸与したが、その際右上田から本件各消費貸借契約に基づく貸金債権およびその連帯保証債権につき善意で質権の設定を受けた。仮りにそうでないとしても、右上田から右各債権のあることを知らされ、それを信じて右金銭を貸与したから、その後に控訴人が右各債権が通謀による虚偽表示に基づくものであることを知つたとしても、善意の第三者であることに変りなく、被控訴人らは控訴人にその無効を対抗することはできないとの趣旨の主張をしているところ、前掲甲第六号証、原審(第二回)および当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人がその主張の如く右上田に対し、昭和四五年四月一六日頃金一八一万三〇〇〇円(但し、内金三〇〇〇円は利息を元本に改めたもの)を貸与したことが窺われる。そして原審(第二回)および当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は右上田に金銭を貸与するに際し、その主張の如く本件各消費貸借契約に基づく貸金債権およびその連帯保証債権につき質権の設定を受けたとの事実や、控訴人が右上田から右各債権の存在を知らされ、これを信じて前記金銭を貸与したとの事実を窺わせる趣旨の供述をしているが、他方右控訴人本人尋問の結果および原審における被控訴人両名各本人尋問の結果によれば、控訴人は右上田に前記金一八一万三〇〇〇円を貸与するに際し、本件各消費貸借契約等を記載した借用証書(甲第二、三号証の各一)を右上田から受けとつておらないばかりか、示されてもおらず、右借用証書を受けとつたのは、前記のとおり右上田が行方不明になつた後であること、また右各債権の質入れや右各債権の存在については、被控訴人らに全くその通知や照会がなされていないことが認められるのであつて、これらの事実に、前記被控訴人両名の各本人尋問の結果に照らしてみると、前記債権質入れの事実や、その存在を信じて取引をしたとの事実を窺わせる趣旨の控訴人本人の供述はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はないから、この点に関する右控訴人の主張は失当である。なおまた、控訴人は、前記の如く、被控訴人清美に対し、本件各消費貸借契約に基づく貸金債権の支払を求め、これを拒否された後に右債権の差押および転付命令の申立をしたものであるところ、控訴人が被控訴人清美に対し右貸金債権の支払を求めた当時善意であつたから、その際に被控訴人清美から右支払を拒絶されたとしても、これによつて以後悪意の第三者となるものではないと主張するが、民法九四条二項の善意か否かは、虚偽表示の外形につき新たな利害関係を取得することによつて第三者たる地位の生じた時を基準として定むべく、また、虚偽表示の外形とは無関係に右虚偽表示の当事者の一方と取引をしてその一般債権者になつたに過ぎないものは、右虚偽表示につき利害関係のある第三者ではないと解すべきところ、上記認定の事実関係からすれば、控訴人は、前述の債権差押および転付命令に基づいて本件各消費貸借契約に基づく貸金債権および連帯保証債権の転付を受ける以前は、本伸虚偽表示の外形とは無関係に取引をした右上田の単なる一般債権者に過ぎないものというべきであるから、控訴人は、右各債権の転付を受けたときか、少なくとも右債権差押および転付命令の申立をしたときに、本件虚偽表示の外形につき利害関係を有する第三者になつたものというべきである。したがつて、控訴人の善意悪意は右各債権の転付のときか、少なくとも右債権差押および転付命令の申立をしたときを基準として判断すべきものと解すべきであるから、この点に関する右控訴人の主張も失当である。

してみれば、被控訴人らは、本件各消費貸借契約は現実に金銭の授受がなされておらず、当事者間の通謀による虚偽表示であるから、不成立ないしは無効であり、したがつてその連帯保証契約も無効である旨の主張をもつて控訴人に対抗し得るものというべきであるから、控訴人の本訴請求はすべて失当である。

四よつて、控訴人の本訴請求を排斥した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条によりこれを棄却し、控訴費用につき同法九五条八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(加藤龍雄 後藤勇 小田原満知子)

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